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AIとXRは融合する。「空間インテリジェンス」がつくる未来とは

September 10, 2025

AIとXRは融合する。「空間インテリジェンス」がつくる未来とは

コンピューティング史の、次なるステージへ

私たちの暮らしにコンピューターが登場して半世紀。その姿と、私たちとの関係は、どのように変わってきただろうか。

はじめ、デスクの上に置かれる道具だったパーソナル・コンピューターは、やがてポケットに収まる相棒(モバイル・コンピューター)となり、私たちの生活に密着し始めた。そして今、Apple Vision Proをはじめとする空間コンピューターが登場し、ついに私たちの空間にデジタル情報を溶け込ませた。

しかし、本当の変化はその先にある

私たちが向き合ってきた「計算機(コンピューター)」は、自ら文脈を理解し思考する「知性(インテリジェンス)」へと、本質的に移行している

その背景にはAI技術の進化がある。現状のAIは、人間が与えたデータを元に思考する知性だ。これに、AI自らが空間を理解するための目と、AIと人間が空間を共有して対話するためのインターフェースを与えたら、どうなるだろうか?

このように、AI技術とXR技術の融合によって生まれる新たな技術を、MESONは「空間インテリジェンス(Spatial Intelligence)」と呼びたい。

それは、コンピューターが私たちのオーダーに応える道具から、人間と同じ空間を理解し、共生する「知性」へと進化する、大きな変化の始まりだ。



空間インテリジェンスとは何か?

私たちMESONは、空間インテリジェンスを「AIが空間コンテキストを理解した上で人間にとって自然な形でコミュニケーションし、人の気付きと可能性を拡張する技術」と定義している。

■従来の「空間コンピューティング」とは、何が違うのか?

一見すると、どちらも「空間にデジタル情報を表示する」技術に見えるかもしれない。しかし、その情報を「誰が、いつ、どうやって決めているか」という点で、両者には根本的な違いがある

空間コンピューティングは、いわば「すでに存在する情報を表示するもの」であった。コンピューターがカメラ越しに現実世界を認識し、既存のデジタル情報を現実空間上に追加して融合させる。

一方で空間インテリジェンスは、「空間を把握し、必要な情報を補うもの」。AIが現実空間の情報や文脈を、XRデバイスや空間に設置されたセンサーなどを通じて把握する。そうして、人間がこれまで気づけなかった有用な情報を、AIが補うように自然に提示するのだ。

人間に求められた情報をその通りに表示する「忠実な道具」から、人間と共に現実世界を把握し、人間の活動をサポートする「思考するパートナー」へと変わる。それが空間コンピューティングから空間インテリジェンスへの進化であり、両者の本質的な違いなのである。



空間インテリジェンスがもたらすもの

では、空間インテリジェンスは一体どのような課題を解決するのか。いくつかのシーンを例に、その可能性を見ていきたい。

― 必要な情報が、あるべき場所にない問題 ―

展示会やイベントで、以前会ったはずの人の名前が思い出せない。あるいは、建設現場で、目の前の危険箇所に対応するマニュアルがすぐに見つからない。

ビジネスの現場では、このように、必要な時に情報にアクセスできない状況が日常的に発生している。空間インテリジェンスは、この機会損失を解消する「現場の目」となる

例えば、スマートグラスを通して目の前の人を認識し、その人の名前や過去の接点をそっと表示する。あるいは、危険な箇所をカメラで捉え、関連する対処法を動画で分かりやすく示してくれる。空間インテリジェンスは、AIがカメラやセンサーを通じて「現場の目」を持つことで、必要なデジタル情報を、必要な瞬間に、物理的な現実と直接結びつけるのである。


― 言葉にできない「暗黙知」を、どう伝えるか ―

専門職の世界では、熟練者だけが持つ「感覚」や「コツ」といった、マニュアル化できない「暗黙知」がパフォーマンスを大きく左右する。この貴重な知見は、言語化が難しいために若手に継承されず、個人の退職と共に失われてしまうという課題も深刻だ。

空間インテリジェンスは、この課題に対して「他者のまなざしを借りる」という新しい解決策を提示する。

熟練者の視点や判断プロセスをAIが学習し、若手技術者の視界を通して、熟練者であれば気づくであろう微細な変化をリアルタイムで指摘するのだ。まるで隣に師匠がいるかのような体験は、新しい時代の技術継承の姿と言えるだろう。


― スクリーンへの依存から、どう自由になるか ―

現代社会において、私たちは情報を得るため、コミュニケーションをとるためにスマートフォンが手放せない。しかしその結果、目の前の大切な現実とのつながりが希薄になっているというジレンマを多くの人が感じている。

空間インテリジェンスは、私たちを「スクリーンか、現実か」という二者択一から解放する可能性を秘めている。

AIが常に私たちの状況を把握し、本当に重要な情報だけを、より生活に溶け込んだ形で伝えてくれるようになる。それは、テクノロジーの進化によって断絶されがちだった「デジタルな利便性」と「物理的な現実への没入感」を再び両立させる、新しいテクノロジーとの付き合い方ではないだろうか。




課題解決の先にある、より豊かな世界

空間インテリジェンスは、これまで述べたような「課題解決」だけでなく、私たちの日常をより豊かで、面白いものへと変える可能性も秘めている。

― 見慣れた世界が、もっと面白くなる ―

一枚の絵画、いつも通る街並み。私たちは普段、その表面的な姿しか見ていないのかもしれない。しかし、その背景には、画家の情熱や建築家の緻密な計算といった、専門家だけが知る豊かな物語が隠れている。

空間インテリジェンスによって彼らの「まなざし」を借りることで、私たちはその魅力に触れることができるようになる。見慣れた風景も歴史家の視点で眺めれば壮大な物語となり、一枚の絵画も画家の視点で見れば感情の軌跡が浮かび上がるのだ。

これは単なる知識の伝達ではない。他者の思考や感性に触れ、世界を多層的に捉え直す体験そのものである。空間インテリジェンスは私たちの知的好奇心を満たし、日常に眠る価値を再発見させてくれる、新しい時代の教養となるのである。

― 「素敵だな」が、すぐ自分のものになる ―

街で見かけた知らない人の服やアクセサリーを見て、「素敵だな」「自分も欲しいな」と感じたのに、結局見つけられずに諦めてしまった。そんな経験はないだろうか。

空間インテリジェンスが普及した世界では、その一瞬のときめきを逃すことはなくなる。AIが気になったアイテムをその場で識別・検索し、購入方法を教えてくれるだろう。友人の家で飲んだワインから、カフェのおしゃれな照明まで、生活のあらゆる場面がウィンドウショッピングのような楽しい体験に変わる

そして、AIのリサーチを通じて、目の前のモノの背景にある物語や、作り手の想いに触れ、その価値に共感して購入を決断する。買い物は、より特別な体験へと進化するのである。

空間インテリジェンスは、私たちの思考を代替し、行動を導くだけのものではない。私たちが知りえなかった世界や価値観を示し、思考や選択の幅を広げ、心豊かに生きるためのアシストをしてくれるものなのだ。



新たな「知性」との付き合い方

もちろん、これほど強力な技術は、その裏にあるリスクや倫理的な課題から目を背けることはできない。

空間を認識する技術は、プライバシーの問題と表裏一体である。また、AIが最適な行動を提示してくれる未来は、一方で人間が「行動を選ばされている」状態に陥り、自律性を失うリスクも孕んでいる。テクノロジーがおせっかいになりすぎれば、私たちはそれを煩わしく感じることもあるだろう。

重要なのは、技術が人間の主人になるのではなく、あくまで人間の主体性を尊重するパートナーであるべきだという点だ。AIが提示するのは、新たな「気付き」や「選択肢」であり、それを選び、行動するかどうかの最終的な決定権は、常に人間側にある



「人々のまなざしを拡げる」ために

この大きな変化の時代において、私たちMESONが目指すのは、AIという「知性」と、人間との間に立ち、その関係性を最も心地よく、そして価値あるものとしてデザインする存在である。

この取り組みの根幹にあるのが、私たちのパーパスである「人々のまなざしを拡げる」だ。空間インテリジェンスは、このパーパスを実現するための最重要技術であると、私たちは考えている。

自分一人では気づけなかった空間の価値を発見したり、他者の視点を借りることで、今までとは違う世界の捉え方ができたりする。それは、異なる価値観を持つ人々への理解を深め、コミュニケーションを助け、より良い社会を築くための第一歩にもなり得ると信じている。

この激動の時代で、人間と、新たに生まれた知性との対話は、まだ始まったばかり。MESONはその最前線で、未来の輪郭、そしてその手触り感を模索し続ける探求者でありたい。


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MESON(メザン)は、あらゆるセクターでプロダクト共創を実践する、空間インテリジェンスカンパニーです。異なる視点、専門性、業界業種を超えた共創を起点に、空間インテリジェンスを社会へ拡げています。

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