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MRナビゲーションで、本との出会いはどう変わるのか。図書館から考えるXR体験の社会実装
June 1, 2026

図書館の中に、静かに雪が降る。空間上に現れる案内に沿って館内を歩いていくと、クリスマスをテーマに選ばれた本と出会う。
2025年11月、静岡県袋井市立図書館で公開された「MR Navigation System for Library」は、Apple Vision Proを用いて図書館での本との出会いを拡張するMRナビゲーション体験です。
MR(Mixed Reality:複合現実)とは、現実の空間にデジタルコンテンツを重ね合わせる技術のこと。来館者はApple Vision Proを装着し、空間上に表示されるナビゲーションや音声に導かれながら、館内に点在する本を巡りました。

単に目的の本へ効率よく案内するのではなく、本棚までの道のりや、隣に並ぶ本との偶然の出会いまで楽しむ。そんな新しい図書館体験は、どのようにして生まれたのでしょうか。
今回は、産業技術総合研究所の大山 潤爾氏、博報堂DYホールディングスの三浦 慎平氏に、「MR Navigation System for Library」プロジェクトの背景、MRナビゲーションの可能性、そしてMESONとの共創について伺いました。
■「本を探す」ではなく、「本と出会う」体験をつくる
——まず、お二人の自己紹介からお聞かせください。
大山氏:国立研究開発法人 産業技術総合研究所 拡張体験デザイン協会(以下、DAAX)の大山と申します。認知心理学を専門に研究しており、現在はDAAX内で「XRを使った体験をどう作っていくか」を研究しています。
三浦氏:博報堂DYホールディングスの三浦と申します。社内ではマーケティング・テクノロジー・センターという研究開発組織に所属し、XR領域の研究を行っています。
今回の産総研コンソーシアムには、正会員である博報堂DYホールディングスとして参画しています。また、人間拡張研究センター設立準備の段階から大山さんとご一緒してきた経緯もあり、現在は産総研の協力研究員も担当しています。
——今回のプロジェクトは、どのような背景から始まったのでしょうか。

大山氏:今回の取り組みは、DAAX内「拡張体験デザインコンソーシアム」の研究として進めていたものです。
VRやMRの機器は、技術的には高性能化や軽量化が進むなど非常に進化しています。一方で、一般の生活者の方々に体験を提供する上では、「何ができたら嬉しいのか」を考えることが大切です。このコンソーシアムでは、企業や自治体の方々と一緒に、XRによってどんな体験が作れるのかを日々議論しています。
DAAXでは今回、コンソーシアムに参加している静岡県袋井市の協力を得て、袋井市民の方々や、袋井市を訪れた人たちのためにどんな体験が作れるのかを考えることになりました。
その実証の場として選ばれたのが、袋井市立図書館です。図書館は全国さまざまな地域にありますし、空間の構造にも共通点があります。袋井市で実証した体験を、他の地域にも展開できる可能性があるのではないかと考えました。
——図書館では、具体的にどのような体験を作ったのでしょうか。
大山氏:袋井市立図書館では、毎月テーマを決めて本を紹介する特集棚のような取り組みをされています。たとえばアウトドアや海など、テーマに関する本を館内のいろいろな場所から集めて紹介するんです。その小さなディスプレイもすごく素敵で。
今回は、その図書館の特集本の紹介をMRで拡張できないかと考えました。図書館の中に装飾があり、ナビゲーションに沿って館内を巡りながら、テーマに沿った本と出会っていく。これまでの図書館体験を、MRによって少し違うものにするのが狙いでした。
■雪の降らない街に、クリスマスを届ける

——今回の体験では、クリスマスの演出も印象的でした。企画段階では、どのようなことを意識されていましたか。
三浦氏:実は、最初から「図書館でクリスマスの体験を作ろう」と決まっていたわけではないんです。
DAAX正会員の皆様と一緒にワークショップ形式で企画を考えたのですが、そこでは「XRのような技術が未来に実装されたときに、どんな体験があったら日常が楽しくなるか」を起点に、それぞれのアイデアを出し合いました。
その中で、「どこかに遊びに行くときに、MRナビゲーションの体験があるといいよね」というアイデアが挙がり、多くの人が共感していて。そこから、「では、MRナビゲーションをどう実装すれば体験として良くなるのか」という議論が始まりました。
袋井市は、クリスマスシーズンに雪が降ることが少ない地域です。せっかくMRで現実を拡張できるのであれば、珍しい雪を降らせたり、サンタクロースを飛ばしたり、普段は体験できないものを作りたいねという話になりました。
図書館で本を探す体験に、実空間ではなかなか体験できない要素をMRで重ねる。そこからワクワク感を引き出すことは、今回かなり意識していたところです。
たとえば、もし海をテーマにするなら、海の中で本を探しているような体験も作れたと思います。現実空間そのものは変わらなくても、MRによってその場所の感じ方を拡張できる。そこに面白さがあると思っています。
■効率化だけではない、MRナビゲーションの価値
——今回の体験は、単に目的の本まで最短で案内するというより、本にたどり着くまでの時間そのものを楽しむものだと感じました。
大山氏:まさにそうですね。MRでやる良さは、心理学でいうと「文脈」を作れることだと思っています。ストーリーやシナリオと言ってもいいかもしれません。
本が急に紹介されて、すぐに見つかって終わる。もちろん急いでいるときには便利ですし、そういうシステムはすでにあります。でも、今回やりたかったのはそれとは少し違います。
「ここにありますよ」と本棚に案内されるとしても、図書館では、その本の周りにも他の本が並んでいます。気になれば、隣の本を手に取ってもいいわけです。
本にたどり着くまでのワクワク感や、歩きながら「どんな本なんだろう」と想像する時間。探していた本の隣にある本も気になって読んでみる体験。そういった余白が、MRで演出できる新しい体験なのかなと思います。
三浦氏:一般的な書店では、担当者が内容を見て、近いテーマの本を隣同士に並べるように陳列されていますよね。一方で図書館は、本の分類ごとにきちんと管理しなければならないという制約があります。
今回制作した「MR Navigation System for Library」はその制約の中でも、たとえば「クリスマス」という切り口で、図鑑、小説、児童書といった全然異なるジャンルの本をつなげることができる。管理された書棚の中に、予期せぬ本との出会いのネットワークを作れるのは、すごく面白い取り組みでした。
データとして本同士のつながりを整理することはできると思います。でも、それを実際に身体性を伴った体験として届けるのは簡単ではありません。MRで空間を探索しながら、クリスマスという文脈でいろいろな本を巡る体験には、これまでにない新しさがあったと思います。

■VRの設計図を、MRで現実の図書館に重ねる
——「MR Navigation System for Library」では、DAAXが開発する「Xperigrapher」がベースシステムとして採用されています。まず、Xperigrapherについて教えてください。
大山氏:Xperigrapherは、DAAX内で私が開発しているVR開発向けのベースシステムです。VRの専門知識がなくても、「こういうことが起こります」というイベントを並べていくことで簡単にコンテンツを作り、VR体験者の行動を記録・評価できる。そういうアプリケーションを目指しています。
今回は、そのXperigrapherのフォーマットを使って、図書館のMRコンテンツも作れないかと考えました。VR向けの仕組みをMRに応用するので、MESONさんにはかなり無茶なお願いをしている部分があったかと思います。
正しい位置に正しいオブジェクトを表示し、インタラクションできるようにするだけでも難しい開発です。さらに、Xperigrapherのフォーマットを読み込み、その形式に合わせたコンテンツを出力する必要がありました。
——VR向けに作られた仕組みを、実際の図書館空間で動くMR体験へと接続していく必要があったんですね。そうした開発パートナーとして、今回MESONを選定いただいた背景を教えてください。
大山氏:元々、以前からMESONさんのことは存じ上げていました。過去に博報堂DYホールディングスさんとMRナビゲーションに関する実証実験もされていたこともあり、公募を経て、今回の開発パートナーとして選定しました。
Apple Vision Proでナビゲーションコンテンツを作ること自体、まだかなりハードルが高い領域です。さらに今回は、それをXperigrapherのコンテンツ形式に合わせて作る必要がありました。世の中に一般的にあるものではないので、MESONさん側でも、見たことのないシステムの構造を理解するところから始める必要があったと思います。
工数も読みにくいですし、敬遠されてもおかしくないところだったと思います。それでもMESONさんは、そこを「新しくて面白い」と前向きに捉えてくださった。依頼者の立場からすると、とてもありがたかったです。
三浦氏:Xperigrapherでは、まずバーチャル空間の中に図書館を再現し、「この本棚の前で案内を出す」「この場所で音声を流す」といった体験を設計していきます。
ただ、その設計をそのままApple Vision Pro上で動かせるわけではありません。バーチャル空間で作った「設計図」を、実際の図書館の空間にぴったり重ね合わせる必要があります。少しでも位置がずれると、本棚の前に出るはずの案内が違う場所に出てしまう。そこが非常に難しいところでした。
MESONさんは、Xperigrapherで作ったデータをApple Vision Pro側で正しく読み込み、現実空間の中で再現できる仕組みを作ってくださいました。さらに、デザイナーがブラウザ上で3D空間を見ながら配置を調整できる仕組みや、アプリをビルドし直さなくても内容を更新できる構成も提案いただきました。

大山氏:今回の開発は、単に図書館向けのMRコンテンツを作るというより、かなり汎用的なアプリケーションを作っていただくものでもありました。図書館に合わせた体験を作るだけでなく、Xperigrapherで配置を編集すれば他の場所にも応用できる。さらに、行動履歴をログとして保存するところまで含まれていたので、総合的な開発だったと思います。
印象的だったのは、MESONさんが発注された内容をそのまま作るのではなく、「これは何のために作るのか」「どうすれば使いやすくなるのか」まで考えながら提案してくださっていたことです。
仕様にはそこまで細かく書いていなかった部分についても、MESONさんの方から「ここはもう少し良くできると思います」と提案してくださることが多くて。こちらから「もう少しやってもらえますか」とお願いすることはほとんどありませんでした。むしろこちらが「そこまでやってくれるんですか」と驚くくらいで、クオリティの高さを感じました。
三浦氏:体験価値というと、ナビゲーションを体験する生活者の方にとっての価値だけを考えがちです。ただ今回は実証実験でもあるので、裏側で設定や運用を行う人にとっての体験価値もあると思っています。
MESONさんは、その両方を見据えた提案をしてくださいました。たとえば、体験者の移動ログとアンケート回答をあとから紐づけられるように、体験終了後に被験者番号を表示し、その番号をアンケートに記入してもらうフローを提案いただきました。
ナビゲーションを体験として成立させるだけでなく、その後に検証しやすい形で残す。さらに、今後ほかの場所やテーマにも展開しやすい形まで考えられていた。なかなか気が回らないところを先回りしてくださったのは、本当に印象深かったです。Apple Vision Proでの開発経験を積み重ねてこられたからこその知見の豊富さを、改めて実感しました。
■「見て、としか言えない」体験が生まれた

——そうした配慮と工夫の上で作られたコンテンツが、来館者にとっては「図書館に雪が降る」「本に導かれて歩く」という体験として届いていたんですね。当日の反応はいかがでしたか。
三浦氏:まず、実際に取得された16人分の行動ログを見ると、体験者がナビゲーションに沿って移動していたことが軌跡として確認できました。ナビゲーションのデザインそのものがうまく機能していたことは、行動ログからも見えたと思います。
反応としては、「バーチャルでクリスマスを感じられた」という声が多かったです。実空間に装飾をしなくても、季節のイベントの雰囲気を感じられることに新しさを感じたというアンケート回答もありました。
また、いつもの場所が違った場所に感じられた、という声もありました。実空間そのものの雰囲気を拡張できていたという意味では、狙い通りでしたし、それができるのはやっぱりXR、特にARやMRなのではないかと思います。
大山氏:平面のディスプレイ上で「体験者にはこう見えています」と投影した映像を見せることはできます。でも、それを見るだけだと「ああ、現実に情報が重なって見えるんですね」という表面的な理解で終わってしまうんです。
ただ、実際にApple Vision Proをかけてみると、みなさん「わあ!」と反応される。その差はやっぱり大きいです。
体験した人自身が「この感動をどう伝えたらいいかわからない。見て、としか言えない」と話していたのも印象的でした。MRの体験価値を言葉で伝えるのは、まだまだ難しいところがあります。だからこそ、コンテンツと一緒に考えていくことが大事なのだと思います。
——図書館の方々からの反応はいかがでしたか。
大山氏:館長さんをはじめ、図書館の方々にも体験していただきました。「またやらないんですか」と言ってくださったのが印象に残っています。
本当に1日だけのイベントだったので、その一言にすべての気持ちがこもっていたように感じました。普段の図書館ではなかなかできない体験を作れたことで、図書館の運営側にとっても、新しい図書館体験の可能性を感じていただけたのではないかと思います。

■図書館から、まちづくり・文化資源の可視化へ
——今回の体験から、図書館以外への応用可能性も見えてきたのでしょうか。
大山氏:大きな方向性としては、図書館に限らず、現実にはまだ存在しないものを、あたかもその場にあるかのように見せられることがMRの良さだと思っています。
たとえば街づくりです。これからこの街がどう変わったら居心地が良くなるのか。新しい建物ができたらどう見えるのか。そういったことを、住民の方々と一緒に考えるときに使えるのではないかと考えています。
今回の体験を通してMRを知ってもらうと、アンケートでも「もっといろいろなものを見てみたい」というアイデアがたくさん出てきました。体験したことがない状態で「これで何がしたいですか」と聞かれても難しいと思います。でも一度体験すると、「だったらこれも見てみたい」と想像が広がっていくんです。
三浦氏:袋井市の方で、駅の南側にある遺跡をこれで可視化したいと熱心に話してくださった方がいました。100年後の袋井市を見てみたいという話もありました。
眠っている街の価値を引き出すことや、未来の街を可視化すること。そうした街づくりの対話の媒介として、ARやMRはとても重要になるのではないかと感じました。
言葉だけでは共有しづらいイメージの解像度を高めることができる。体験した人が自分ごととして捉えられる。そこには、人の行動を変える力があると思います。
■質の高いXR体験を、社会に増やしていくために
——最後に、MESONに今後期待していることをお聞かせください。
大山氏:たくさんありますね(笑)
もうすでに依頼者としてはだいぶありがたい存在ではあるので、またお願いする機会があればぜひご一緒したいです。
期待という意味では、MESONさんだけに何かをお願いするというより、むしろ国の研究機関として、MESONさんのようにMRのコンテンツやサービスを高い質で作ろうとしている企業が、世界で活躍できる産業界をつくっていかなければいけないとも感じました。
XRは、体験してみるまで価値が伝わりにくい領域です。だからこそ、最初に質の低い体験をしてしまうと、「こんなものなんだ」と思われてしまう可能性があります。良い体験があること、質の高いコンテンツがあることを、ちゃんと評価できる形にしていく必要があると思っています。
その意味でも、MESONさんのように質の高い体験づくりに向き合う企業が増え、社会の中で正しく評価されていくことを期待しています。
三浦氏:博報堂DYホールディングスとしてMESONさんと共同研究を始めたときに最初に思ったのは、XR領域の体験を作る、デザインするということについて、本当にたくさん知っている会社だということでした。
プランニングの段階から、企業と一緒にワークショップをして課題を出すところ、体験に落とし込むところ、具体的に実装するところまで、各フェーズで他の企業にはない知見と経験がある。それはずっと持ち続けてほしいです。
これからARグラスのようなデバイスがもっと当たり前になっていく中で、絶対に体験が必要になります。生活に溶け込むキラーコンテンツやユースケースを、MESONさんにはいち早く出してほしいと思っています。それができる会社だと思っているので。
