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ARISE - Decode Apple Vision Pro

March 31, 2024

ARISE - Decode Apple Vision Pro

2023年7月13日、恵比寿ガーデンプレイス内にあるコワーキングスペース「PORTALPOINT Ebisu」にて、株式会社MESONが運営するXRコミュニティ「ARISE」が主催したイベント「Decode Apple Vision Pro」が開かれました。恵比寿オフライン会場、そしてZOOM会場を含めると500名の皆様にご参加いただきました。本稿では各セッションの登壇者の内容を簡単にまとめた内容をご紹介します。

本イベントテーマは、WWDC23で発表された「Apple Vision Pro」。長らくその登場が期待され、大きなインパクトを業界にもたらされると噂されていたVision Proについて、専門家を交えて様々な角度から読み解いていく趣旨で開催されました。

Experience(体験)、Technology(技術)、Market(市場)の3つのセッションを通じてVision Proを読み解き、今後Appleがわたしたちの生活をどう変えていくのか、そして空間コンピューティング企業としてのApple像がどんな姿になるのかを一緒に考えていくトークセッションイベントとなりました。

イベント登壇者は下記9名の方にお越しいただきました。

  • 西田宗千佳:フリージャーナリスト
  • 松村太郎:ジャーナリスト / iU 情報経営イノベーション専門職大学 専任教員
  • 綱藤公一郎:ギズモード・ジャパン 副編集長
  • 大野健彦:NTTテクノクロス株式会社ビジネスデザイン部 こころを動かすデザイン室ディスティングイッシュドデザイナー
  • 安藤剛:PREDUCTS / CEO / Director THE GUILD Co-Founder / UX Designer
  • 松館大輝:デジタル庁 エンジニアユニット長 / iOS・visionOS Developer
  • 井口尊仁:連続起業家 / Audio Metaverse Inc. CEO
  • 沼倉正吾:株式会社SYMMETRY エバンジェリスト
  • 赤木謙太:株式会社HKSK 代表取締役

Decode Experience - Apple Vision Pro先行体験を総レビュー

写真左から:小林 佑樹、西田宗千佳さん、松村太郎さん 、綱藤公一郎さん

まず、WWDC23にてVision Proのデモを受けた日本人体験者によるレビューセッション「Decode Experience」が開かれました。世界でも限られた人数しか体験できず、Apple社員でもまだ触ったことのない人が多いVision Pro。先行体験会に参加した、フリージャーナリストの西田宗千佳さん 、ジャーナリスト/iU 情報経営イノベーション専門職大学 専任教員の松村太郎さん 、ギズモード・ジャパン副編集長の綱藤公一郎さん、そしてファシリテーター兼Vision Pro体験者としてMESON CEOの小林佑樹が登壇しました。実機体験談だけでなく、Vision Proから感じた可能性をシェアしていただきました。

セッション冒頭は小林からWWDC当日のVision Pro体験フローをスライドを使って共有する時間から始まりました。その後、事前に登壇者に投げていた質問と回答をなぞる形でトークセッションが進行されました。ここからはトークセッションの内容をご紹介します。

—— 早速、最初の事前質問「Vision Pro実機デモで特に印象に残っている体験とは?」に対する回答から触れていきたいと思います。回答としては、西田さんが「3D映画である」、松村さんは「何も感じなかったことである」、綱藤さんが「空間再現写真である」、そしてわたくし小林が「かぶった瞬間である」というものになっています。

西田宗千佳さん(以下、西田):私の答えは「3D映画である」というものです。たしかにヘッドマウントディスプレイを使った映画視聴の例はよくありますし、映画館へ行けば3D映画は視聴できます。ただ、私がデモ視聴した映画は、今までのHMDでの体験とも、例えばホームシアターで数百万円もするプロジェクターを置いて視聴する体験とも違いました。どう考えてもクオリティが高く、目の前にドーンと映画のワンシーンが迫ってくる、本当に誰も体験したことのないものでした。

このデモを体験した瞬間に思ったのが、ホームシアターで何十万円も支払うのならば、50万円前後でVision Proを買うこともおかしくないということです。そのくらいのクオリティがあり、コンテンツの世界を大きく変える可能性を感じました。

松村太郎さん(以下、松村):私の場合は「何も感じなかった」という答えですね。これはつまり、Vision Proを装着してからも肉眼と同じようにスムーズに行動できるということです。何も違和感を持たないぐらいに、現実空間の映像がきちんと再現されていて、一体感であるとか距離感であるとか、そういったもの全てが完璧ですごく驚きました。そのため、何もストレスを感じないで、そのまま行動できるという点を挙げさせていただきました。

小林佑樹(以下、小林):私も松村さんと同じように、現実世界との差分や歪みがないところが印象に残っており、「かぶった瞬間」と書かせていただきました。これまでいろいろなヘッドマウントディスプレイを体験してきた上で、全く違和感を持たなかったのは感動しましたし、文字やアイコンが空間に出てきた際も、自然に感じられたのはすごく感動を覚えました。

綱藤公一郎さん(以下、綱藤):私がデモ体験をしている最中、声を出して驚いた機能が「空間再現写真」でした。なんだか、親戚の家や実家に帰って、アルバムを見ながらこんなことがあったよね、とエモくなる瞬間そのままが再現されている印象でした。家族写真のアップデート版がここにあると確実に思いましたね。

空間再現写真を基調講演で聴いた時、LiDAR付きのiPhoneでフォトグラメトリできる機能と同じであるという内容と勘違いしていたのですが、立体視の写真でありながら四角い枠にはめられているので、まさに写真そのものなんです。非常に伝えづらいのですが、物体を再現してあるフォトグラメトリというより、四角く切り取られた奥行きのある写真のようなものですね。

その瞬間にしか撮影できない空間をアートとして切り取るみたいな。フィルムから始まったこれまでのカメラの文化において、全く新しいものを提案してきたのがすごい印象的で、一番記憶に残っていますね。

—— ありがとうございます。次の質問が「Vision Proを一言で表現すると?」です。こちらの回答は、西田さんが「かぶりっぱなしで使うHMDである」、松村さんは「空間と身体の拡張である」、綱藤さんが「未来のファミリーカメラである」、そして小林が「Pre-BMIである」というものになっています。

綱藤:そうですね、先ほどの写真に関連した話になりますが、未来のファミリーカメラになると考えています。写真好きの人は機材にお金をかけると思うのですが、そういう人たちにとって50万円は決して安くはないとはいえ、現実的に支払える額だと思っています。昔、ビデオカメラが登場した時も、お父さんがこんなものでビデオを撮るのかと言われていましたが、最終的には受け入れられように、ファミリーカメラとして普及する未来があり得るのではないかと思い、回答させていただきました。

松村:自然にずっと装着できる上、目の前にウィンドウが出たりしながらも手ぶらにコンピュータを操れる体験は、まさに視覚が拡張されていると感じています。例えばウィンドウの影が机にちゃんと投影されていたり、ガラスであれば反射して影が映ったりしています。ARKitでこうした機能が実装されていることは知っていましたが、いざ自然な体験として入ってくると感動しました。

空間上のサーフェスを全て認識をして、どういう影の反射をして、どう影が落ちるのかを遅延なく処理している点は、完全にバーチャルなものとリアルなものがミックスされた状態で見せられているんだと納得してしまってすごいという印象です。

小林:私の場合、ユーザーが何かをしたいと思い、コンピュータに向き合うまでの距離がとても縮んだなという風に感じています。目と手の動きを組み合わせて操作する「Look&Pinch」というVision Pro独特のアクションも、実際にやってみると想像以上に楽なんですよね。いわゆるiPhoneが出たときに全部スクリーンにして指で操作するのがいいよね、というユーザーインタフェースの革命が起きたのと同じようなインパクトが起こると感じています。そこも含めて、ユーザーの身体と意識が近づいたデバイスだと考えています。

西田:私は「かぶりっぱなしで使うHMDである」と答えました。例えばこれまでのHMD活用では、デバイスを装着して終わったら当然外すわけです。なぜなら装着し続けていることが快適ではないし、日常それぞれの体験が繋がっていないためです。しかしVision Proの場合は、外す必要がなくなるようになっています。

映画視聴の最中、喉が渇いたらデバイスを装着したまま冷蔵庫に立ち、リビングソファに戻って視聴を続けるといった連続した体験を楽しめます。こうしたデバイスを外さない行動は今のヘッドマウントディスプレイでは難しいです。だからこそ面倒くさい体験になって、実際に使う時だけしか装着されない、使い所の少ないデバイスとしか評価されません。一方のVision Proでは、装着したままの一連の動作が自然なんです。
 

頭に被るコンピュータを使うのであれば、PCをいつも開いておいて、好きな時に使っているのと同じような体験が求められます。Vision Proではこの点はクリアできています。8ビットのPCの頃には必要なときだけ電源を入れていたのが、インターネットが普及当たり前になってからは電源はスリープモードに、そしてスマホが登場してからはもはや電源を切るという行為が存在しなくなったわけですよね。同じように、もしいま新しいコンピュータを使うのであれば、人間がその中にちゃんと溶け込めるようにかぶりっぱなしであることが重要です。これは技術的にはまだ難しいことなのですが、それをソフトウェアとハードウェアの力で実現しているのがVision Proであると言えます。

—— 最後の質問として「Vision Proが発売されてから3年以内に何が起こるのか」を伺いました。西田さんが「ミーティングに劇的な変化が起こる」、松村さんが「まだ何も起こらない」、綱藤さんが「#空間写真 ムーブメント」、そして小林が「Vision Proだけで仕事する人が出てくる」というものになっています。

松村:はい、皆さんもご存知のキャズムのカーブ図に沿って言うと、3年でキャズムを超えると考えています。つまり、イノベーターとアーリーアダプターはおそらく今のうちにVision Proを手にして、生活に取り入れ始めるだろうなと感じています。50万円前後という価格帯では、まだ普及するのが難しいので、どこまで次の3年でユーザー層を押し上げられるのかわかりません。ただ、iPhoneがちょうど15年前に登場して、iPhone4か5ぐらいでデスクトップからモバイルの時代に移り変わったと認識されました。これと同じ時間軸で市場は進むと感じています。それまでは私たちのようなアーリーアダプター層が楽しめる時間なのでは、と。

網藤:私は空間写真をシェアする文化が起きると思っています。これまではInstagramのような写真シェアのSNSが人気になってスマートフォンがさらに普及した事例もありました。この点、AppleはSNSが得意分野ではありませんが、写真に関しては様々な提案をしています。ライブフォトから共有写真アルバム、共有写真ライブラリに至るまで、一番身近な人と写真の共有をしてやり取りするみたいな文脈を空間再現写真から感じ取ったので、まさに空間写真のムーブメントをAppleには描いて欲しいと思いました。

小林:「Vision Proだけで仕事をする人が出てくる」と書かせていただきました。Vision Proではディスプレイが複数出るだけでも十分仕事で使えそうですし、仕事部屋で動かないまま使えます。そのため、今のパソコンを使う時と一緒で、常時充電しながらデバイスを使うことがおそらく起こると思っています。Vision Proのバッテリーは最大2時間ですが、仕事で充電しながら使うことでもっと長く装着するユースケースはすぐに出てきそうだと感じています。

西田:私も似たところで「ミーティングに劇的な変化が起こる」と書きました。私たちが仕事の中でミーティングをする機会は結構多いと思うのですが、冷静に考えるとオンラインミーティングを開催しても、人の顔を動画でちゃんと確認しているかと言えば違うと思います。この理由を考えた時、2Dの動画で人の顔が映っていたとしても、小さい画面で映されてはコミュニケーションとしてそもそも情報が足りなすぎるのだと考えています。だからこそ、こうして直接会うことにすごい濃密な関係値を感じるのだと思います。多分データや情報量の違いがあるだけだと思うんです。この点、Vision Proでは、まだ不自然な部分はありますが、少なくとも2Dの動画よりもしっかりとしたコミュニケーションができる気がしています。

—— 貴重なお時間と体験談をシェアいただきありがとうございました!

Decode Technology - Appleの最新技術・デザイン哲学を読み解く

写真左から:安藤剛さん、大野健彦さん、松館大輝さん

次のセッションは「Decode Technology」でした。Appleが空間コンピューティングを実現させるために搭載した技術、そしてデザインの観点から、どのような新たな生活体験やサービスユースケースが切り拓かれるのかを専門家の観点から紐解いていくセッションとなりました。

登壇者には、PREDUCTS CEO / Director THE GUILD Co-Founder / UX Designerの安藤剛さん、NTTテクノクロス株式会社ビジネスデザイン部 こころを動かすデザイン室ディスティングイッシュドデザイナーの大野健彦さん、デジタル庁 エンジニアユニット長 / iOS・visionOS Developerの松館大輝さんに参加いただきました。ファシリテーターにはMESON CTOの比留間和也が登壇しました。

—— セッション最初の質問として、Vision Proのインタフェースまでの変遷や、これからのAppleのデザインについて、安藤さんに考察をお伺いできればと思うのですがいかがでしょうか。

安藤剛さん(以下、安藤):私がVision Proを初めて見た時、iOS UIの進化の先にVision ProのUIがあると感じました。つまりiOSのUIの変遷が、地続きにVision Proに繋がっていると感じたんですね。非常に驚きでもあったんですが、すごく腹落ちした部分でもありました。もしかしたら、このVision Proの姿を目標に、これまでiOSのUIの進化があったのではないかとまで思っています。

iOSの歴史を振り返ってみます。まずiPhoneのUIがもたらしたものとして、身体と道具の連続性が挙げられます。例えば手に持つ道具は使い慣れてくると、身体の一部のように感じるほど、どんどん手に馴染むという脳が最適化させていく現象が発生します。これと同じことがiPhoneでも起きました。その代表的な発明がタッチディスプレイです。

これまでのコンピュータの操作系は、手でマウスを動かすと同時に画面上のカーソルを動かし、それでボタンを押すというものでした。しかし、iPhoneが誕生したことによって、対象の間にマウスとカーソルという2つのレイヤー(層)が挟まっていた状態が、直接ディスプレイ上のUIを指で触るという進化が起きました。私自身初めてiPhone触ったときに、まるでデジタル空間上のものを直接指で触れているような、身体とデジタルが繋がっているような錯覚を覚えたのをすごく覚えています。

また、iOS15年の歴史で起きた大きな変化として、2017年のiPhone Xと共に誕生したFluid Interface(フルードインターフェース)というデザインコンセプトも挙げられます。Appleがこのデザインを発表した際に語っているのは、道具というUIの連続性ではなくて、心というUIの連続性を大事にしているというものです。これはどういうことかというと、人間というのは意思決定をして行動を起こすのですが、それが逐次的に起こるのではなく、意思決定をして行動を起こす間に、さらにまた別の意思決定が同時並行に起きます。Fluid Interfaceは、日本語で訳すと「流れるインターフェース」となりますが、まさにこうした同時並行的に発生する意思決定の流れに寄り添うインターフェースを指します。このインターフェースが引き続き現在のiOSまで続いていて、それが今回のVision Proにも繋がっているなと思いました。この点はすごくAppleらしいというか、仮想空間上のオブジェクトを直接手で触れるような、身体と道具の連続性というのを目指しているのかなというふうに感じています。これがAppleのデザイン哲学の一つでもあると思っています。

—— 松館さんの視点でVision Proを見るとどうでしょうか。

松館大輝さん(以下、松館):Appleがこれまでリリースしてきたアプリケーションや機能が、Vision Proに多く取り込まれている印象です。例えばAirPodsには、ある日突然に空間オーディオが実装されました。この機能はAirPodsだけを使っている人にとってはそこまでインパクトはなかったのかもしれません。しかし、これは私の推測になりますが、Vision Proのために空間オーディオも開発されたと言われたら納得です。また、昨年iOS16が出た段階で、iPadに「フリーボード」というアプリが実装されました。iPadでホワイトボードに落書きができるアプリをどうしてリリースしたのか当時は全然わからなかったのですが、これもVision Proで試せるアプリとして開発されていたのだろうなと推測しています。 

加えて、ARKitにはVision Proのスクリーン上に自分の腕が出てくるハンドトラッキング機能が実装されています。手の甲から指の先まで関節ごとにアンカーがついていて、Vision Proに付いているカメラで手を写すと、手の動きと連動してスクリーンに映っている手の動きがトラッキングされる技術も入っています。こうしたAppleが実はこっそり裏で作ってきたものや、これまであまり注目されなかった技術がちゃんとVision Proに実装されているところに面白さを感じますね。

人間の五感に対応するテクノロジーがいっぱい入っているので、没入感を体現して、現実とバーチャル世界の区別がわからなくなるような、何かそういった面白いものができるといいんじゃないかと思っています。

—— ありがとうございます。Vision Proでは視線インターフェースが採用されている点が特徴ですが、ここに関して長らくご研究されてきた大野さんの観点から説明をお願いいたします。

大野健彦さん(以下、大野):そうですね、視線インターフェースを考える際に重要となる「視線の測り方」と「視線の役割」について話していければと思っています。最初に「視線の測り方」からお話しさせていただきます。 

Apple Vision Proの視線計測の方法は、近赤外線を眼に照射して、瞳孔の表面で反射する光を使うという一般的なものです。ただ、片目に対してカメラを2つ割り当てるなど、専門研究者からすると贅沢な方法で計測している印象で、ほんとうに理想的なデバイスだと感じています。そのため、視線トラッキングの完成度は非常に高いのではないかと思っています。

また、Appleでは視線インターフェースをポインティングデバイスとして使い、手の操作と組み合わせることで最適なユーザーインタフェースを作り出そうとしています。一般的に視線トラッキングは不正確で、あちこちに行ってしまうので、ポインティングデバイスとしての利用難易度は高いですが、Appleはジェスチャーと組み合わせることで自然なデジタル体験を実現しようとしています。この辺りの完成度がどのくらい高いのかは楽しみにしています。

—— 空間コンピューティングが社会実装された未来において、視線トラッキングを活用したユニークな体験としてどのようなものが生まれそうでしょうか。

大野:先ほどの話の続きとして「視線の役割」の話題になりますが、大きく2つの観点で空間コンピューティングの世界を捉えています。1つは目の前にあるコンテンツやスクリーンに対してインタラクションする世界。そしてもう1つはAppleがデバイスの外側にユーザーの眼を表示するように、外側とコミュニケーションをする世界です。眼の表示は、一見、ギャグ漫画と感じてしまうのですが、コミュニケーションの円滑化は視線の大きな役割であり、人とのコミュニケーションにおいて重要な機能になりそうだと感じています。

スマートフォンが世界に普及してから、誰もが下を向くようになり、本来私たちが取るべきコミュニケーションとはかけ離れたところに来ている気がします。この点、改めてAppleが外側に眼を見せるデバイスをデザインにしたことには、視線のコミュニケーションの大事さを改めて示したものであり、空間コンピュータのもう一つの可能性を示しているかなと思っています。

その上で、具体的な体験のユースケースとしては、これまでデジタル実装されてこなかったモノと、Vision Proならではのインタラクションを組み合わせて、いろいろな人工物や自然物とのインタラクションが実現し始めてくるのかなと思っています。また、VisionProを装着している2人以上のユーザー間で何か面白いことが起きるのではと考えています。空間を共有して、お互いの視線や空間情報が取れてくるときに、どんな新しい可能性があるのだろうということを色々と考えています。

—— 安藤さんはいかがでしょうか。

安藤:私はデジタルだけでなく、家具のデザインも手掛けています。そのため、最近の関心事は家の中の住空間になるのですが、VisionProが普及したときに、家の中で何が起きるかを妄想したときに、おそらく家具のIoT化が起きるのかなと思いました。

スマホが普及した時、生活家電で何が起きたかというとやっぱりIoT化なんですよね。クーラーやスピーカーを遠隔操作できるようになったりとか、あるいは全体のコンピューティングパワーをスマホの方に逃がして、より多くの価値を提供できるようになったというのが、生活家電のIoT化です。VisionProが普及したら、同じことがデジタルと全く関係ない家具でも起きるのではないのかと考えています。

例えば、家の中のベッドをVisionProで眺めたときに、このベッドがそろそろ3年経ってヘタってきたとか、冷蔵庫を眺めたときにスーパーに発注するメニューが現れるとか、これまでデジタル機能を持たなかった家電や家具に、何かネットワークの機能が備わるようなことが起きるのではないのかな、と。 

また、例えばAirTagがVisionPro上では家具を特定するための座標情報を提供するデバイスとして機能する使い方がされる気もしていて、これから何かいろいろなプロダクトにタグが装着されていくことが起きるのじゃないのかなとも思います。加えて、これまでスマホでQRコードをかざさないとインタラクションが発生しなかった「App Clips」が多用される気がしています。

—— Vision Proのような動きや生活ユースケース創出を行政の視点で見るとどうなのでしょうか。

松館:行政で後押ししていくところは、iPhoneやAndroidみたいなスマートフォンのようにすでに広がっていくところです。どうしても公共性の観点もあるので、最近出てきた技術に対して行政が力強くそれをやってい苦という点は公の立場では難しいところがあります。ただ、まだデバイスが出て間もないもので、みんなで一緒に使い方を考えていくフェーズは民間の皆さんと検証していって、使えるものであればちゃんとした投資をしましょう、といった話になるのかもしれません。逆に野放しにしておくとちょっと問題が起きそうだから規制をかけましょうみたいな話が上がる場合もあると考えています。

—— ご登壇いただきありがとうございました!

Decode Market - 空間コンピューティングシフトの可能性

写真左から:沼倉正吾さん、井口尊仁さん、赤木謙太さん

最後は、業界のスタートアップ創業者が今回のデバイス発表をどう捉え、いかに事業戦略に組み込んでいくのか、事業レイヤー観点から意見交換をしていくセッション「Decode Market」です。登壇者には、連続起業家 / Audio Metaverse Inc. CEOの井口尊仁さん、株式会社SYMMETRY エバンジェリストの沼倉正吾さん、株式会社HKSK 代表取締役の赤木謙太さんにご登壇いただきました。ファシリテーターにはARISE運営代表を務める福家隆が登壇しました。

—— 最初にVision Pro発表に関して、率直に感じたことはどんなことだったか皆様お聞かせください。

沼倉正吾さん(以下、沼倉):私が注目したのはVisionProのデバイスと同時に発表されたガイドラインです。これをよく見ると内容がとても細かいんですね。これはやってはいけないというある種保守的なスタイルでAppleが目指す開発手法が書かれています。一見するとエンジニアにとっては縛りの多い内容ですが、この表現をすれば、気持ち悪くならずにもっとリアルに伝わるというナレッジをソフトウェア開発の時点からしっかり管理をして、真面目に業界を盛り上げていこうというAppleの姿勢が伺えて評価しています。2013年頃から立ち上がったXR業界がまだ決定的な盛り上がりを見せていない印象を、Appleとしては大きく払拭したいのだと思っています。

また、今回のVision ProはAppleとしては新しいデバイスラインです。Steve JobsからTim Cookへと代表が変わってから、比較的に守りの姿勢だったAppleが、改めてまだ得体の知れない領域にチャレンジしていくというメッセージを象徴するのが今回のVision Proだと思っています。まさにAppleが目指す「ビジョン」をそのまま名前に込めたのではと思い好印象ですね。

井口尊仁さん(以下、井口):2012年にARグラス企業「Telepathy」を起業して米国で挑戦していたのですが、そのとき考えていたあるべきグラス像が全てVisionProに兼ね備わっている印象です。実はTelepathyはいくつもの名だたる日本企業が生み出した技術の結晶を活用し、開発が進められていました。なので、グローバルプラットフォームとして日本発のARグラスを投下するチャンスがあったと思うんですけど、それが今できていないのが正直すごく悔しいという印象を持っています。日本のメーカーに限りませんが、あれだけのレベルのハードウェアやOSを作れるメーカーがほとんどいないことに無念さも感じていますね。例えば今からVision Proレベルのものを作り始めても、場合によっては10年後には作れるわけなので、日本企業として動き出す必要性を感じてもいます。

赤木謙太さん(以下、赤木):私の場合、これまでいろいろなヘッドマウントディスプレイを体験してきたのですが、やはり従来のものとは違うコンセプトのハードウェアが出たな、という印象を受けました。例えば他のハードウェアは、スマートフォンなどの既存デバイスの延長線上として未来予測して作ったものが多かったのですが、Appleは全く違います。人に対して寄り添った上で、もう一歩体験や技術の面で進んだ、先進的な形で作られていると強く感じました。

—— ありがとうございます。次の質問として、スタートアップが空間コンピューティングへ市場参入する場合、どういった戦略を持つべきかお聞かせください。沼倉さんいかがでしょうか。

沼倉:スタートアップの視点で考えると、やはりプラットフォーマーであるAppleとどうお付き合いするのかが重要になってきます。例えばAppleが発表したAirTagも、元々はTileという2012年頃から先行して展開していたスタートアッププロダクトの模倣です。他にも様々なサービスが後行的にAppleに取り込まれています。こうした事例を見ていると、スタートアップとしてAppleに売却することを前提に事業を考えるのか、もしくは真正面から戦っていくのかを最初から戦略的に考える必要がありますね。

空間コンピューティングの領域はたしかに面白いのですが、例えば仕事環境や、生活習慣を変えるといった大きなコンセプトでは、Appleに後追いされるリスクもあります。この点、Appleに会社を売ることを最初から目指すことも1つの戦い方なんですよね。一方、赤木さんがやられてるようなブランド力、コンテンツ力という領域はAppleにもなかなか侵害できません。そのため、もし市場で戦うとしたら、むしろブランド重視の勝負の方が可能性があるのかなと考えています。

—— ブランドの話が出てきましたが、赤木さんいかがでしょうか。

赤木:たしかに、私たちのチームはハードウェアやプラットフォームのレイヤーでの事業成長を考えていません。どうしても大企業と戦おうとした時、スタートアップとしての勝ち筋としては足りないと思っているためです。そこでいくつかのシナリオを検討しました。 

1つは知財戦略です。特許取得できるテクノロジーを開発して、知財を固めていく戦略ですね。そしてもう1つは、先ほど沼倉さんが仰っていたブランド戦略です。知財戦略が機能的な話だとすれば、ブランドは意味的な話です。このどちらか、もしくはミックスした形がスタートアップとしての戦い方になってくると思います。 

Apple製品を買う人は、いち早く新しいテクノロジーに触れるギークな人、かつカルチャーに通底したような人だと思うんです。Apple好きな人たちにはいわゆるAppleブランドという意味的なコンテキストが強く共有されています。こうした人に対して、さらなる意味を与えたり、意味を強めるような機能を与えたりするアプローチは、個人的にはVision Proの領域においてあるのではないのかと思っています。ちなみに私たちのチームでは、ブランドとしての意味を持たせつつ、裏側でテクノロジーとしての機能をしっかりと作り込んでいます。

—— Vision Proの事業を検討する際に重要なことはどんなものでしょうか。

井口:少し時代を遡って、パーソナルコンピューティングで起きた歴史的な転換点は大きく2つ挙げられます。1つ目はCUI(キャラクターユーザーインターフェース)がGUI(グラフィックユーザーインターフェース)に変わったことです。ウィンドウ、フォルダー、ファイル、トラッシュといったデスクトップメタファーが、ビットマップディスプレイに接続したことは非常に大きい出来事でした。そして2つ目はパーソナルコンピュータがインターネットに繋がったことです。今の私たちはインターネットに繋がらないパーソナルコンピュータを想像できませんよね。こうした全く新しいコンピューティングの次元を作るための進化を考えるべきだと思います。この点、空間コンピューティングでは、やはり生成AIとの組み合わせが技術トレンドとしてもすぐに想起されるでしょうね。

空間を自由に生成できるAIの技術が、空間コンピューティングデバイスと融合した未来にものすごい可能性があると感じています。Vision Pro単体という捉え方よりも、空間コンピューティング全体として、他の技術と共進化した先に何が生まれるのかを想像しなければいけないと思っていますし、そこに一所懸命取り組みたいと考えています。つまり「空間コンピューティング」そのものを考え、想像した方が良いということですね。デバイス数やSDKの内容を考えすぎると、その枠の中でしか考えられなくなってしまいます。そうではなく、空間コンピューティングにおいて何が大きく変わるのか、そしてどう新しいサービスやアプリケーションで表現していくのかといった想像力を持たなければいけません。

沼倉:前提として、Appleに限らず企業が何かしらの革新的なプロダクトを発表する際、あまりに新しいものを出すとユーザーが理解できないことが起きます。例えばiPodをリリースしたときは、ウォークマンの延長線上にあるプロダクトとして説明していますし、iPhoneもiPod、電話、インターネットといった誰もが知りうるモノの先にあるデバイスとして紹介しています。

車をバックで運転しながら、バックミラーに映るものが未来であるという有名なマーケティングの話があります。これはつまり、既存の新しい製品の延長線上でしか、イノベーティブなプロダクトを理解できないということです。Twitterも最初出たときはブログ全盛期で、文字が数百文字しか打てないサービスには意味がないと言われましたが、やはりみんなが使い出すとその良さが理解されて普及していきました。既存の延長でしか私たちはサービスやプロダクトを評価できない点はまず抑えておくべきでしょうね。

その上で、AppleがVision Proをこのタイミングでリリースしたということは、このプロダクトの先に何かしらの大きな変革や未来を見ているということだと思っています。そしてその未来は、来年の本格リリースの時のタグラインに現れると考えています。

iPodを発表したときも、「1000曲をポケットに」というキャッチコピーを通じて、今まで家を出る時にはCDやMDを選ぶようにメディアを選んでいたけれども、これからは全部iPodに入れて持ち出していい、という新たなプロダクト体験を感じ取れました。MP3の性能が上がったという技術的な話を訴求してはいません。

Appleは日常生活で行っている何らかのアクションをマイナスにするアプローチで、製品キャッチコピーや体験を考えています。先ほどのiPodもまさにそうです、たくさん持ち抱えなくてはいけないメディアを1つに束ねています。しかし、Apple Visionではまだ生活にマイナスの要素を与える機能やキャッチコピーが打ち出されていません。3Dの写真撮影もプラスの要素です。来年の製品発表の際、必ず何かしらのマイナスの側面を打ち出したコピーを世の中に訴えると思うので、この点は期待していますし、事業検討する際の参考になります。

沼倉:もう1つ付け足すと、多くの人がARを思い描いた際、例えばここにクジラが泳いでいる光景とかを思い浮かぶと思うんですが、個人的にはARではあまり情報が出てこない体験の方が良いのかなと考えています。街中にデジタル広告が浮かんでいるようなSF的な表現が、ほんとうに社会に受け入れられるのか懐疑的なところがあります。ただでさえ、スマホで表示される広告も切りたいと思ってしまうので。

もし実現するとしたら、自分が何らかの行動や興味を惹かれたものがあったとき、自然と誘導されるような体験フローが良いと思っています。どちらかと言えば自然と出てくるような広告と表現できるかも知れません。あくまでもユーザーが快適な状態なまま、自然とレコメンドされる感じですね。

しばしばSFの世界では、科学が発展すると自然と見分けがつかないという名言がありますが、まさにChatGPTのような生成AIと空間コンピューティングを組み合わせることで、自然な体験は表現できると考えています。また、これまでのように何か知りたい情報を入力して返ってきた情報を受け取るプール型ではなく、自然とデジタル側から情報が組み合わされて提案されるプッシュ型の快適さに未来は傾いていくのではないかと感じています。

赤木:空間コンピューティングを考える際、大きく3つの要素が挙げられます — 「人」、「環境」、そしてそれらを拡張させる「メディア」。空間が目の前に広がっている際、人を主語とした場合は身体拡張としてのメディアとして、または環境を主語とした場合は環境拡張としてのメディアとして空間を捉えられます。こうしたメディアの視点から、空間の目的と可能性を再評価することが重要です。

私は大学で風の研究をしていたのですが、人間が本能的に自然と繋がりたいと欲する「バイオフィリア」という概念も扱っていました。例えば密室に1つでも窓があって、そこから自然が見えるだけでも少しだけ心が回復するといった現象です。空間コンピューティングを使うことで、いつもの部屋なのに窓が大きく開いている表現をするだけでも、身体的な影響を与えると思っていますし、逆にそれを人と共有することで何か心の持ちようが変わるといった視点を持てば、窓自体がメディアとなり得ます。こうした人、環境、メディアをどう捉えるのかも、空間コンピューティングそのものを考える上で重要になってくると思っています。

—— 皆様ご登壇、ご参加いただきありがとうございました!

執筆・編集:福家隆
写真:原島篤史

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